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2010.04.30 再会


明日早朝首都にあがり、同期と7カ月ぶりの再会を果たします!


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2010.04.28 ダメ人間


ダメ人間度120だった昨日は反省して夜中まで授業準備。

そのおかげで今日は早期回復できました。

よかった、よかった。


今日は自分へのご褒美として、米とふりかけといういつもの組み合わせに日本からの救援物資、インスタントみそ汁という豪華な晩御飯。


来週はもっと贅沢するぞ!!
2010.04.26 ご褒美

昨日の夜は8時半になってやっと停電が終わり、急いでコンセントをつないで充電&作業。

結局寝たのは11時半くらいでした。

一つ大仕事が終わったので気持ちよく寝れましたが、僕がご褒美に頂いたのはわりと大きな口内炎2つでした。

今日も朝から時間割作り。

明日は口内炎をいくつもらえるんだろうと思いながらエクセルと格闘。

これも昼過ぎに終わり、今はリフレッシュのために街に出てきてレストランでネットしています。

でも帰ったら今週の授業準備もやんなきゃ。



ヒマ故のしんどさより忙しい故のしんどさの方が少しだけマシですが、5月の上旬までは何かとせわしない日々が続きそうです。

でも来週は7か月ぶりにウガンダの同期が会いに来てくれます!



2010.04.25 温度差


今頃、首都ではウェルカムパーティーが楽しく行われているというのに、僕は任地で朝から嫌がらせみたいに続く停電が終わるのを待っている。

参加したくなかったわけじゃない。

お金を使いたくなかっただけだ。

停電の時に限ってやるべきことが多いのは皮肉なもんで、パソコンの時間が限られるのが一番つらい。

さらに夜になると電気がないから作業のスピードがガクッと下がる。

明後日までにやんなきゃいけないことがいっぱいあるのに。

雨季も終わりだと思ってたけど、今日のこの強烈な雨は何なんだろう。

多分僕への嫌がらせだ。

なんてシラけた週末だ。

こんなことなら高いお金払って首都上がってみんなとおいしい食事を囲みながら楽しく話せばよかった。

って愚痴ってももう遅すぎる。

このパソコンは停電が終わらないとあと1時間ももたない。

僕のやる気も残りそれくらいだ。

べジータになって、この国を一瞬でふっ飛ばしたい。


2010.04.24

物理化学だけの担当になったので金曜日は基本的に決戦ではなくなったのですが、今日は調整員(まぁ協力隊の面倒を見てくれるJICAスタッフです)が授業を見に来るということで、いつもより決戦でした。

いつもと大して変わらない準備をして臨みましたが、何よりも違ったのは生徒の態度。

一限(7時半~)の授業だから遅刻するなよ、遅刻したらいつもは入れるけど教室に入れないからな

と言っておいたのですが、来なかったやつを除いて見事に時間通りに来ていました。おい、できるなら始めからやれよと思いましたが、まあそういうところがこの国の国民性。

しかもいつもは授業中うるさくて黙らせるのに一苦労なのに、人が一人来ただけで葬式みたいに静かでした。逆にやりにくかったです。

まぁなんとか予定通り終わり、いくつかアドバイスをもらいました。

また気持ちを新たに頑張らねばと思ったなんのことはない一日でした。

桂のラーメンが食べたい。

ミスドのエビグラタンが食べたい。

マクドのフィレオフィッシュが食べたい。

みなみのパンのマロンデニッシュが食べたい。

ココリコのレモンシフォンケーキが食べたい。

マウントレーニアのエスプレッソが飲みたい。

コンビニのおでんが食べたい。

館下の天津マーボー丼が食べたい。

実家のごはんを食べたい。







僕の胃は4ヶ月後しか見えていない。




2010.04.21 質問


尊敬すべき親友からの質問に答えます。

確かに今僕は時間がありますが、

でも、だからといって、週末に、

サバンナに狩りにでも行くか、

とはなりません。
2010.04.20 いろいろ


最近あったことをいろいろ。

その1。

先週は、5月からお近くの町に住む大工さん(新隊員)が配属先へのあいさつを兼ねて僕の家にも来てくれました。

ずっと直そうと思っていたビジター用の割れた窓ガラスをたった5分で直してくれました。

サッカーに詳しいというのがさらに魅力的。

その2。

今日は月曜日ですが、カトリックの学校は「何とかの日」でお休みなんだそう。ということで3連休でした。

3連休の初日はうちの学校のサッカーチームが地域のカップ戦1stラウンドに臨みました。

3チームの総当たり。

2試合とも先制を許すも落ち着いて逆転し2勝。

次のラウンドに進出しました。

うちは実は前回県内2位の強豪校なのです。

その3。

これまた新隊員の話題。

といってもこの方はシニアボランティア。

金鉱については第一人者の方らしいです。

その人と一緒にお食事。

やっぱいろんな人がいるなぁ、という感想。

僕も学校抜け出してレアメタル探そうかなと一瞬思いました。

と同時に、今日の晩御飯は日本から届いたルーを使ってホワイトシチューを作ろうかなと一瞬思いました。

結局僕は、たいしてレアメタルに興味がないんだなと思いました。



2010.04.17 無題

僕の生徒が死んだ。

学校からの帰り道、そう遠くないところ、真昼間にミニバスに轢かれた。

即死ではなかったが、頭部に損傷があり、2日経っても意識は戻らなかった。

頼むからもう一回教室に来てくれと祈ったけど無理だった。

まじめで、純粋に勉強が好きなやつだった。

授業中よく手を挙げ、前に出てきて発表することも多かった。

「遅刻してさっきの授業を聞き逃した、もう片方のクラスに入ってその授業を受けたい」と申し出てきたこともあった。

彼のいなくなった1Bの教室に入るたびに、彼がいつも座っていた真ん中後ろから2番目の席に目がいく。

あぁ今日はあいつは休みか、と思う。

またふっと来るんじゃないかと思う。

この気持ちをどう表現したらいいかがわからない。なにも思いつかない。

でも、彼の短い人生のほんの一部にでも関われたことを心から幸せに思う。


休みが長いと復帰日の憂鬱が増す。

さすがに今日の朝は憂鬱だった。

学校に行ったら「今日は休校になったよ」を少し期待しつつ学校に行くと、当然ながらありました。

生徒もちゃんと来てました。

後ろ向きだったのは僕だけだったようです。

一限は数学。ですが、アセンブリー(朝礼)でつぶれました。

ということで、例のごとく空いてる先生のところを拝借。

実験が長引けばさらに追加するつもりでしたが、わりとスムーズにいったので予定通り今日は物理化学と合わせて4コマ。

でも先輩隊員から譲り受けた豆電球が二つも壊れたのは痛い…。きっと僕が見てない間に強烈なつなぎ方をして、つぶれたんだろうな…。

でも、慣れていない彼らが一発で回路を組み立てるのは至難の業。なので多めに見ようと思います。

さて、6つしかなくてただでさえ苦し紛れだったのに…。

明日も続く回路の組み立てをどうするか悩みどころです。



明日はこれから一年半近くの任地でお世話になる新隊員さんを接客します。

ホスピタリティ!

2010.04.12 安全対策会議



イースターホリデーを締めくくるのは旅行でも何でもなく公務。

「安全対策会議」

3か月に一度、新隊員が任地に赴任して一か月の時期を目安に開かれます。つまり僕の参加は2回目。

マラウイは細長いので、この安全対策会議は北部・中部・南部に分かれて行われます。

内容は、

・主要都市の危険エリアの説明
・事務所からの連絡(パスポートの所持に関する注意など)
・慰霊碑まわり(会議場の近くに亡くなった方の慰霊碑がある)

がメイン。

公用旅券を所持する僕らがパスポートを紛失することは個人だけの問題にはなりません。

事故は100%防げるとはいいきれないけど、気を緩めずに、何事も起こさないように任期を終えたいと思います。


役員の入れ替えも今回は行われました。

南部安全対策委員会の委員長は主要都市に住む元警察官で、警察学校配属の柔道隊員。

副委員長は、僕になりました。主要都市郊外に住む元学生で、学校配属の理数科教師隊員。

会議前の雑談でだいたい決まってたみたい。

まぁそんな気はしてたけど、なったからにはちゃんとやらなきゃな…。



慣れてしまえば、ここは日本ほど刺激は多くない。

だから仕事が増えるのは最近歓迎している。

無駄にいろいろなことを考えて精神的に疲れることがなくなる。

全部リセットするまであと4カ月と少し。

その準備はもう万端だから、あとはそれまでの時間を一人で淡々とペースを落とさず食べるだけだ。

他所見せずに食べるだけだ。

頑張るとか頑張れとかいう言葉は嫌いだけど、この決めた期間は、頑張ろうと思う。

自分のための、頑張りどころだと思う。


4月1日から始まったイースターホリデーという名の11連休。

序盤は任地で過ごしました。

友達が来たり、先輩が来たり、アラクの結婚式に行ったり、作業をこなしたり…

何もしてないという日がなく、僕にしては珍しい休日の使い方。

中盤からは首都でまったり。

といいたいところでしたが、何かとやらねばいけないことがあり、それに追われていました。

そう、手続きです。

僕の一番苦手とする手続きなるものです。

なんの手続きかというと、はい、私事目的任国外旅行。

いやー、英語でのチケットの手配はいやですね。
しかも動くお金の額が半端じゃない。
宿だって南アフリカでは制限が多く、ネットでとるのも一苦労。
どうせ当日も何かとトラブルがあるんだろうな。

でも、とにもかくにも、



I'll be back !!!!!



2010.04.07 KOHALU


「小春(こはる)」

4月1日に生まれたかつてのハウスキーパーの双子のうちの女の子のほうに名前をつけさせてもらいました。

彼も気に入ってくれたようです。

名前のように優しい子に育ってくれればなと思います。

でも物心つくころには僕はもういない。

写真でも残していこうかな。

「この白人が君に名前をつけたんだよ」

っていう具合に。



アーセナルはカンプ・ノウで小さいアルゼンチン人にコテンパンにやられましたね。

レベルの違いを感じました。

さて、今日はもう1試合見に行くぞっ!!


2010.04.06 披露宴

今日は朝から昨日の続き。教会で8時半から予定されていましたが、昨日の疲れが残っていたので家でHPを回復してました。

そして午後。
だいたい2時くらいにアラク(ウォッチマン)の家に校長と一緒に行きました。

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僕の家から15分くらい歩いたところに彼の家はありました。

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こちらの子供は基本的に写真を撮られるのが大好き。

僕が着いたとき、当の夫婦は教会から続くセレモニーを終えておらず、まだ家にいませんでした。

会の準備が整うまで、校長や司会の人と一緒に僕の苦手な“木の下でチャッティング”をこなしてHPを減らした後は、家に通されてマラウイの伝統料理“シマチキン”を頂きました。

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僕が普段米を食べるのを知っている彼なので僕だけ特別に普段高くて買わない米を買って用意してくれました。一応周りのマラウイアンにも気を遣ってたまにシマにトライして愛想をふりまきつつ、シマも問題ないけどやっぱり米がおいしいなと心の中で呟きながら食事を済ませました。チキンは味付けがちゃんとしててホントにおいしかったです。

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食べ終わった後はローカルの飲み物“トバ”に初挑戦。スウィートビールと彼らは呼んでいますがノンアルコール。トウモロコシから作ったものです。

味が薄くて何のコメントも残せないというのがある意味コメントです。
校長はもう少し砂糖を足すべきだと言ってました。まぁ砂糖を足したところでそんな劇的な変化は望めないだろうとトバより校長にツッこみそうになりましたが、おさえました。

外からなにやら騒がしい声が近付いてきたので外に出てみるとやっと夫婦が帰ってきました。
周りを囲んでいる人たちは一体誰なんだろうと思いながらとりあえずパシャリ。
僕や校長は貴賓席を用意されました(といっても地べたに座らずイスに座るだけですが)。

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中央のソファーに座っているのが彼と奥さんです。

その目の前には何やら大きなお皿が。あぁ、これにいれるのねとうなずきながら貯めてきた20枚以上の20クワチャ(約10円ちょい)札を眺めて心の準備を整えます。

司会の人が開会を宣言し、貴賓席から校長の一言、そして見知らぬおじさんのお祈りの言葉と続きました。

さて、その次がメインイベント“ペレカニペレカニ(Give Give)”。
まぁ要するにお金をあげるってことです。

司会が観客に歌うように促し、司会が指定した人が歌に合わせて夫婦の前まで踊りながら行って大きなお皿にお札を入れて帰ってくるというなんとも奇妙なイベント。

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僕が素人顔をしていたからか愛想が基本的に悪いからか僕だけがピンポイントで狙われることはなかったもののアラクや校長に促され、適度にお金を渡しに行きました。

あんまり踊るのは得意ではないし、だいたい恥ずかしくて嫌ですが、まぁここアフリカだし、僕が踊ればこの人たち喜ぶんだろうな、それに彼のメンツもあるし、、、としょうもないプライドとの葛藤を制して、アフリカっぽく踊りながらお札をばらまきました。

彼も司会も観客もわりと盛り上がってくれて僕のへたくそな踊りは救われました。
せっかくなので横の人にムービーを頼みましたが、予想通りたいしてうまくとれていませんでした。

式も終盤にさしかかったところで用事があったので校長とともに途中退席。最後まで見たい気持ちはありましたが、こればっかりはどうしようもなくアラクに会釈して帰りました。


披露宴なのに澄ました顔でいた彼ら夫婦に少し違和感がありましたが、案外これが普通なのかも、、とも思いました。普段目にする陽気なアラクが一家の大黒柱としてその家に君臨している様を目にして何か責任のようなものを感じて僕は少し疲れました。


その夜、仕事で僕の家にやってきたアラクに途中退席したお詫びの意味も込めて少しプレゼントを贈りました。いらない服数着とパン10個、ビール2本、そして結婚式で彼がつけていた僕のネクタイ。あげたとしてもつけるときは僕を頼らなければいけないところがネタですが、それはよしとします。

僕が日本で生きてきた間にも地球の裏側ではこうやって盛大に結婚を祝ってきたんだなぁ、とまるで日本の4月のような空を漠然と見ながら僕はかつてのハウスキーパーの子供につける名前を決めました。彼が気に入ってくれたらいいな。

アラク、おめでとう、これからもよろしくお願いします。

2010.04.06 結婚式

一昨日、昨日とウォッチマンの結婚式、披露宴がありました。

まずは、結婚式から。

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式を挙げてなかっただけなので子供はもう7人もいます。
ちなみに彼がつけているネクタイは僕のです。しかも僕が結んであげました。普段つけてないからつけ方知らないんですね。僕も昔兄や父に後ろからつけてもらったのを思い出して懐かしくなりました。

さて、省エネのためか、それが普通なのかは知りませんが今日同じ教会で式を挙げたのは10組以上のカップル。合同結婚式というやつですかね。

夕方5時スタート、7時フィニッシュと聞いていたので4時半に近くの教会に行きました。
始まったのは5時半。まぁマラウイにして悪くないほうです。

仕事を見つけて去ってしまった僕のかつてのハウスキーパーも来ていました。久しぶりの再会に嬉しいニュースも。なんと双子(男の子、女の子)が生まれたとの事。さらに、うち一人(どっちでも良いらしい)の名前を僕に考えてほしいとの事。30分あげるって言われたけど、あまりにも短いので3日もらいました。自分の子供につける名前はもう考えてるけど、それはやっぱり温存して、違うのを考えます。

そしてようやくはじまりはじまり。

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外でお祈り的なものを神父さんがしてました。現地語なので何を言ってるかはわかりませんが、それっぽい雰囲気の顔を僕もしておきました。

聖歌隊みたいな人たちの美しい歌声の中ぞろぞろと人が教会へ導かれていきます。

僕は前からだいたい15mくらいのところ、けっこう見やすい位置でした。
アラク(ウォッチマン)から指輪の交換のシーンの写真を頼まれていたので、今か今かと待つもなかなかそんな儀式は始らない様子。

とにかく「お祈り→歌&踊り」が永遠に続きます。

僕もはじめのほうはHPもMPも満タンだったのでアーメンの顔をしてましたが、だんだん疲れてきて、昔父が本気か知りませんが「世の中で一番おそろしいのは宗教だ」って言ったのを思い出してあながち間違いじゃないなと思いました。

神父さんがたまにありがたいお話的なのを挟んでも、現地語のわからない僕にとっては何のありがたみもわからず、ひたすら眠気との闘い。
言葉がわからないだけで、お祈りは催眠術に変わるんだな、僕の授業もそうならないように頑張らなければと神父さんが反面教師に見えました。

2時間くらいで終わると聞かされていたのにそんな気配は全くありません。

8時頃には神父さんが参列者に聖水みたいなやつをかけてまわる儀式があり、一番通路側にいた僕はその一回分の聖水の半分くらいを顔の側面に浴び、ありがたいのかありがたくないのか眠気まなこで悩みながら、あぁこれが寝耳に水というやつかと思いながら、ありがたいことにしておきました。

9時を過ぎた頃やっとカップルが1組ずつ前に出てきて指輪を交換する儀式があって、前に出る元気もない僕は横にいたかつてのハウスキーパーに頼んで写真を撮ってきてもらいました。

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僕の席からでも十分幸せそうなアラクの様子は伝わってきて、あぁ好きな人と結婚してこういう風になれるのはとっても素晴らしいことなんだなとうらやましく思えました。

儀式が終わりもう終盤かと思いきや、また例のサイクルが繰り返され僕はまた眠りの世界へ誘われました。出席者からのドネーションを集める儀式などはまだ真新しく見れましたが、ひたすら続くお祈りの間僕はハウスキーパーの子供の名前を何にしようかしか考えていませんでした。

隣のハウスキーパーにいつ頃終わるの?と聞くと、10時半くらいと言われ、あぁあの7時フィニッシュというやつはどんな計算をすれば出てくる答えなんだろうと目の前で行われているすべてよりもそっちに気を取られながら時間が過ぎていきました。

そして、10時20分。やっと終了。

人生で初めて出席する結婚式がマラウイアンのものだとはもちろん想像しませんでしたが、これもいい経験だと思います。

神父さんの体力を僕にも少し分けてほしいものです。

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