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2010.02.27 魚便


「スペースマウンテン」
「スプラッシュマウンテン」
「ビッグサンダーマウンテン」

といえばあなたはもうおわかりだろう、

そう、日本が誇る夢の国「東京ディズニーランド」の3大絶叫マシンだ。

だが、世界は広い。
こんなので満足したのなら“井の中の蛙”と言わせて頂こう。

テーマパークが一つとない最貧国マラウイにでさえ、恐怖のあまり声さえ出ない地獄のアトラクションがある。


ミニバスというと日本のみなさんには馴染みが薄いかも知れないが、こちらアフリカには定刻に出発するバスなんてありがたいものは存在しない。日本の介護施設などから廃車の烙印を押されたボロボロのワゴンが第二の人生をこのアフリカという大地でスタートさせるのだ。窓にヒビがいってないことはほとんどない。スライド式のドアが思い通りに閉まらないのも普通。補助席はガタガタ。下り坂は惰性&ニュートラル。アクセル全開なのにスピードメーターが0というのも見飽きた。そんなガラクタに乗るだけで既に十分なのではあるが、本当の恐怖はその数段上にある。

ミニバスは非常に融通が利く。
その例として、
・決まったバス停で待たなくとも乗れる
・もちろんその逆も同じ。
・値段交渉がある程度可能。
・何でも載せられる。
など。

はい、勘のいい方はお気づきかも知れない。
実は4番目に書いた「何でも載せられる」というのが、普通だったミニバスを恐怖のアトラクションへと変貌させる。

そう、大量の魚だ。
大量の魚を積みこんでしまった恐怖のミニバスを僕は「魚便(さかなびん)」と呼んでいる。

魚便に乗車してしまったら、出発したが最後、「魚が降りるか」「俺が降りるか」まで勝負は続く。ちなみにこの勝負に勝ち目はない。

サンタさんが持っているような大きさの密封できない素材の袋に溢れんばかりに詰められた魚が放つ生臭さがミニバス中に充満する。
では窓を開ければいいだろうと思われるかも知れない。しかし、魚便に何度も乗ったことがある経験者として反論させてもらう。

逆効果だ。

空気の循環によってより多くの異臭が届かなくていい場所にまで到達する。

バスが停まる度に「魚が降りる」のを願う。
ひたすら願う。
願うことしかできない。

おっ、降りた。

そういう時に限って、3袋中の1袋だけだったりする。
魚を積み込む凶悪犯は決して一人ではないのだ。

命の代わりに永遠の生臭さを手に入れた魚に到底勝てるわけもなく、
結局、今までの経験上100%「俺が降りる」のが先だ。

そして、恐怖が過ぎ去ったわけではない。

生臭さは十分すぎる時間を利用して衣服にこびりついている。

俺が降りたときにはもう俺自体が「魚」になっている。

つまり魚便に乗ってしまったら降りた直後にその衣服を脱ぎ去り自分を洗浄しないと完全には勝負は終わらないのだ。

長距離のバスではあまり見られないが、僕のよく利用する近くの街から僕の家のバス停までの間で、「ミニバスが魚便に変わる確率」が異様に高い。特に、時間に余裕がない終バスあたりの時間帯に限ってほぼ全部が魚便だったりする。

鶏やヤギはぎりぎり我慢できる。
だが、魚は違う。


人と会うのがわかっているならば、何の躊躇もなく魚便を下車することを強くお勧めする。

刺激が足りていないのならば、この「魚便」是非お試し頂きたい。

特別、乗車料は取られない。
行きたいところまでの交通費を払えば、あとは運次第で乗ることが出来る。

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2010.02.25 レッドクロス

「レッドクロス」

ドミトリーにあるその一室は、その重々しいネーミングから容易に想像がつくように、主にマラリア患者などの重病人のための療養室。

僕が初めて足を踏み入れたのはマラウイに到着してから4ヶ月半が経過した一昨日のこと。



健康診断を終え国内旅行もキャンセルした惰性で、首都でゆっくりとした時間を過ごしていたが、さすがに任地に帰ろうと決心し、22日の早朝荷物をまとめた。

しかし、どうも頭が重い。

荷物もまとめたし、今更… と思いつつも体が言うことを聞かない。

気付けば寒気がしないでもない。

先輩が冗談半分で

「マラリアじゃない(笑)?」

と茶化してくるが、任地でもこれくらいの頭痛は経験済みだったので、

「いや、多分普通の風邪ですよ!」

と笑ってごまかす。

「でもとりあえず帰るかどうかは熱計ってから決めたら?」

という最もなことを言われ、熱を計る。

36.9℃

うん、平熱ではない。

「病は気から」とはよくいったもので、熱があるとわかると不思議なくらい病状が悪化するように思えてくる。

帰る服のまま無駄にそばに置いてあった毛布をかぶってみるも状況は何も変わらない。

昨年の年末からマラリア患者続出のマラウイ隊員の中にあって、

「こーじがマラリアやったら爆笑したるわ」

といつの間にか外の議論は「マラリアになって笑ってもいい人と笑っちゃいけない人」になっており、さらに僕は「笑ってもいい人」に分類されていた。

「いや、ホント笑ってください」

とぼんやりとする頭でわけのわからない返事しかできない自分。

「38.5℃になったら(マラリア)検査キット使おう!」

と謎のラインを設定し盛り上がるひどい先輩達。

しかし、この時僕はそんな高熱はもちろん想像していない。

そうこうしている間にも頭痛はひどくなる一方。

さすがに任地への移動は諦め、寝ることを決断。

ジャージに着替え、今まで寝ていた2段ベッドの上にジャンプして上がる。
…ことでさえきつい。全身が痛む。

異変に気付いた早朝よりも頭痛はひどい。

頭の中を搾られているような痛み。

2時間ほどベッドでもがき苦しんだ後、これが36.9℃なわけがないともう一度体温をチェック。

38.3℃

はい、やっぱり。

「あー、もう少しだね」

とやはり38.5℃に壁になぜか阻まれ検査キットは温存。

咳がなく、鼻水もなく頭痛と寒気だけが異常にきついというマラリアと酷似した症状だけにさすがに自分でさえマラリアじゃないかと焦ってくる。

訓練所にいたときから「マラリアならねぇ」と大々的に宣言していただけに、なったら恥ずかしいなとこんな時に世間体を気にする自分の小ささ。

マラリアの議論が落ち着いた外野はそれぞれの用事のために一人また一人とドミをあとにする。

病気になると人は急に弱気になるもんで、人のほとんどいなくなったドミで5時間孤独に横たわり頭を抱え込む。

…しんどい。しんどすぎる。

この熱は嘘だろうと無駄に何回も体温を測るが、

38.0℃
38.1℃
38.3℃

しか表示しない体温計と先輩が設定した何の意味もないK点に思いのほか苦しめられる。

夕方5時を過ぎた頃、少しずつドミにも人が戻る。

知らない間に両目とも二重瞼になっていることに気づき自分が改めて立派な病人であることを認識。

「おっ、こうちゃん38.5℃いった?」

やはりまだあのK点は健在だったのかと未だに到達しない自分の記録にうんざりしながらも、普通ではない熱の高さに外野さえマラリアを本気で疑い始める。

ここで活躍するのがマラリア隊員(要するに経験者)。

「治療薬は早いほどいいよ」
「もう検査してみたら?」

異常に説得力のある経験者のお言葉に甘え、やっとの思いで念願のマラリア検査。

検査の手順、マラリアの症状、治療薬処方のポイントなどすべてに詳しいマラリア隊員。

そして何よりこういう時、やさしい。

なぜか病気になると人の優しさが10倍に感じられる。


左中指の先をアルコール消毒し、小さい付属品のハリで一突き。
出てくる血をこれまた付属品のパーツで採取し、検査キットにポトリ。
検査はクロマトグラフィーの要領で行うため、展開液を検査キットにポトリしてあとは待つだけ。

受験結果を待っているときのような緊張感とおさまらない頭痛&寒気と闘う僕を待ち受ける3つの関門。

検査キットには3つの部分にラインが入るかどうか、そのラインの組み合わせで陽性・陰性が判断できる。

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一つ目、熱帯熱マラリア。

アフリカに存在するマラリアの90%以上がこれ。症状が最もきつく、アベレージ40℃で数日推移するため生死をさまよう感じがする、らしい。だいたいの先輩は一回のマラリアで3~5キロ痩せた。

じわじわと展開液が一つ目のチェックポイントに迫る。
息をのむ観客。



……ネガティブ。

安心する自分。
盛り下がる外野。

「残念だね」

意味不明な「残念」さえも許せる。

しかし、難関は残っている。

2つ目、3日熱マラリア。

アジアに多く見られるマラリアの症状で、熱帯熱マラリアより症状は軽いものの、治療薬で完全に排除できないため時間をおいて再発する可能性があるのが難点。日本ではマラリアの治療薬が認可されていないので、この点からも長いスパンで考えれば一番やっかい。



……ん?
「なんかうっすら線見えなくもないよね?」

外野の一人が言う。
いやいや、そんなわけが、、と見えない目の偏見を持ってしても、見えないこともない。

「Mさーん(マラリア隊員)?これ…、どっちですかね?」

検査キットの判断は経験者に任せるのが良い。

「…正直ね、微妙だね」

いよいよ現実味を帯びてきたマラリアの恐怖に一瞬忘れていた頭痛さえも勢いを増してのしかかる。

強烈な保留の後は難関というか、再検査か否かというチェックポイント。

3つ目にラインが出なければ再検査。

3つ目は難なくラインが入った。

…ということは俄然気になるのは2つ目のあるかどうかわからないくらいのライン。

マラリア隊員が2人中2人とも「微妙」としたため、最近のマラウイではパイオニアとも呼ばれてもおかしくない「3日熱マラリア患者」のレッテルを半分貼られたまま、ついにあの扉を開ける。


「レッドクロス、I am under medical treatment. Please knock before you come in.」

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やさしいマラリア隊員が荷物一式を移動してくれ、さらにはベッドメーキング、笑いながらの症状に関するオリエンテーションが開かれた。

「毛布はね、3枚はいるよ。すごい寒気とすごい暑さが交互にくるからね。寒いときは毛布5枚の下で丸くなってしのいだからね、ハハハ。っていうか寒すぎて寝れないから。あと、治療薬の副作用で絶対吐くのね。吐き気止めは絶対飲まなきゃダメだよ。ヨーグルト一つでも吐くから。」

こちらの世界へようこそと言わんばかりだ。


健康管理員とマラリア隊員の打ち合わせによって熱が続けば再検査、とりあえずは解熱剤パナドの服用だけにとどめるという治療方針がとられた。

食欲がある今の内にバナナを4本消費し、パナドを服用。パナドはけっこう強い解熱剤で40℃でさえも数時間ならおさえつけることができる。

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30分後には熱は予想通り下がり始める。

37.1℃
36.7℃

少しずつおさまってきた頭痛とともに朗報が届く。

ドミに着いた健康管理員が十分経過した検査キットを見てとりあえず今の段階ではネガティブと判断。

安心する自分。
再び聞こえる「残念だね。」

その後は経過観察ということで静養。熱がおさまっているあいだに少しでもということでもう少しまともな食事もとる。

寝静まったあとは、閉ざされたレッドクロスで一人さみしく就寝。

のつもりが薬の効き目が切れ始める。

夜中2時。

未体験の寒気で目が覚め、トイレに駆け込み、体温を計る。

38.0℃

あれ?やばくね?

聞いたことのある症状と息を吹き返した高熱がマラリアという疑惑を再び掘り起こす。

僕にはどうしようもないので、毛布3枚ですら心許ない寒気に耐えながらその夜を乗り切る。

早朝、ビショビショになったシーツに嫌気を感じながらまずは計る。

37.5℃

その後も

37.0℃
36.9℃

と安定しないながらも微熱のまま推移。



ここに来てやっとマラリアの疑惑が晴れた。

「よかったね」と「残念だね」が入り交じる中、まだ残る頭痛と微熱のためレッドクロス2日目は静かに過ぎ去っていきました。

改めて、マラリアにはなりたくないと誓ったこの2日間でした。

看病してくれた同期隊員、マラリア隊員、健康管理員さん、遠くから電話してくれた人、、、

みんなありがとうです。


高熱の原因は未だに不明ですが、多分食中毒だと思います。
普通の風邪ですら40℃に達するアフリカという土地で病気には嫌でも敏感になってしまいます。





これは先輩から聞いた話ですが、任国外旅行でマラウイに来た他国の隊員が必ず口にするという言葉、

「えっ?これが首都?」



確かに日本と比べれば圧倒的な違いだけど、アフリカの中でマラウイしか知らない僕にとってはこれがアフリカのどの位置にあるかがわからない。

むしろ僕のイメージしていたアフリカより発展しているとさえ思ったほどだ。

でも、マラウイはどうやら数あるアフリカの国々の中でもさらに発展が遅れている様子。
地方を比べれば同じような暮らしにあるんだろうけど、首都や都市部の状況は同じアフリカでも大きく違うらしい。


任国外旅行制度でマラウイから行くことが可能なアフリカの国は隣国であるタンザニア、ザンビア、モザンビークの3国とケニアだ。

リフレッシュするのも目的だけど、アフリカの中での違いも実際に見てこられればいいなと思います。


ちなみにタンザニアにはあの有名なキリマンジャロ(アフリカ最高頂)やザンジバル島、ダルエスサラーム(首都)そしてンゴロンゴロのサファリなどの名所があります。

ザンビアにはジンバブエとの国境に世界最大級のビクトリアの滝があります。

モザンビークはよくわかりませんが、ポルトガル語が公用語なので数字さえ英語が通じず現地隊員に案内を頼まないと苦しいという噂。でも英語圏とは全く違う文化がありその点ではとても魅力的です。


日本から来るとなると厳しい国ばかりなので是非いろんな国を見てみたい!

2010.02.19 健康診断

昨日から健康診断のため、学期終了を待たずして上京。
でも、大丈夫です、テストの採点、スコア表の作成などの仕事はすべて終わらせてきました。

隊次ごとの健康診断なので同期が全員集合。

A型肝炎、B型肝炎の予防接種と採血、検便そして検尿がその内容です。

マラウイの医療事情は決して良くありませんが、ちゃんとした医療施設ではこうした検査も可能です。

体重は到着した4ヶ月半前と比べるとやや減りました。

食べてないというよりも運動しないことによる筋肉の衰えがあるんじゃないかと思います。

やっぱり筋トレしなきゃ。



活動の第一段階が一段落したという感じの今、これからどういうスタンスで働いていこうとか考えて結局答えが出なかったり、ふとしたことで信じられないくらい落ち込んだり、体調が急に悪くなってイライラしたり、そうかと思えば全部が楽になって前向きに考えられたり、、、

と気持ちの浮き沈みが激しい毎日から抜け出せずにいますが、

先輩や遠くの同期の温かいメッセージを聞く度にやっぱり自分も進まなきゃって気になります。


「仕事だけじゃなくて途上国で生活すること自体が活動なんだよ」


っていう言葉にはとても救われました。

いろんな人との関係に悩まされることもあるし、自分の仕事に自信が持てなくなることもあるけど、それでも何とかここでやってる自分を今は少しほめてあげようかなと思います。

自分を抑えることも大事だと思うけど、もともとの自分も大事にしようかなと、

ふとした温かい一言に少し動かされました。

それでまたうまくいかないことがあっても今は自分の素でいられている気がして、何か楽です。

いや、とても楽です。


を意識しないように、一心不乱に読書と筋トレに励んでいます。

…というのは本当の理由ではなく、

年が明けてからというもの、週末に出かけてはおいしいものを食べる生活が続いたために、ついには同僚のマラウイアンから「最近ようやく太り始めたね、ハハハ。」という全く笑えない一言を浴びせられた僕。「いやいや、そんなわけは…、ねぇ、マダム?」と違う同僚にフォローを求めたら彼女も待ってましたとばかりに「そうそう、特に頬のあたりがね、ハハハ。」とダメを押される始末。同期に意見を求めたら、「こうちゃんはもともと痩せてるから逆に丁度いいよ。」と遠回しに太ったことを完全肯定され、首都で会った先輩にはすれ違いざまに「あれ?最近肉付き良くなった?」の会心の一撃を与えられ、最近遊びに来た先輩に最後の助けを求めたら、「ええやん、マラリアにならんで。」とこちらもフォローどころか慰められる結果に。

少し体重が増えたくらいなら確かにマラリア予防だといって笑い飛ばせるのですが、さすがにこうもみなの意見が一致すると僕も焦ります。

ということで、本気でシェイプアップ作戦。
食べないのは体に良くないし、ホントにマラリアにかかるので、炭水化物、脂肪を減らし、野菜、タンパク質をとり、運動を日々の生活で増やすことにしました。

僕が筋トレに励んでいるのは、そういうわけです。

あの、自分擁護のために断っておきますが、激太りして見る影がなくなったわけではないので誤解しないでください。

ちなみに僕が読んでいるのは夏目漱石の「こころ」。

家の玄関先で読んでいると、通りがかったForm 3(高2に相当)の生徒、ちなみに初対面、が話しかけてきました。

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写真が横になっちゃいましたが、
フランシス・ベイジー、19歳。
夢はジャーナリストになることだそうです。
日本にとても興味があるらしく、いつか行ってみたいとのこと。
結婚は黒人でない人としたいらしく、なぜかと尋ねると、
「違いを知りたいんだ。」
と意味深すぎる発言。
さらに彼は、
「Love is a game.」
という名言も残しています。

参考にするよ、フランシス。




こちらの試験はシステムがグダグダだ。

試験開始時間になってもまだ生徒は揃ってないし、日程が後半の試験に至ってはまだ先生がテストを作れていない。進度の違う夜間学校の生徒に対する試験にデイスクールを担当する自分の作ったテストが使われるのを知ったときは衝撃だった。しかもテスト前日にその事を知った。夜間を担当するその先生は僕の作ったテストの内容も確認していなかった。

それでいいの?

って思う。幸い数学は進度が似通っていたから良かったけど、物理化学は悲惨だった。採点さえ僕に丸投げだったから開き直って生徒の解答を見たら不安は的中した。進度が全然違うんだから当然解けるはずもなく、延々と続く適当な答え。生徒は悪くないが、それにまじめに点数を付けていくことに意味を見いだせないまま採点を続ける。それで成績を出す意味は正直何もない。

試験の段取りや手際が悪いのは許せる。予算もぎりぎりだし、人数も決して多くない。設備も厳しい。

でも、そういったところでそれを良しとしていることにはとても残念だし、幻滅した。

その先生が忙しいのは知ってる。

でもその先生がSMASSEといって理数科現職教員再訓練プログラムのトレーナー(教える立場)であったことがなおさら僕の頭を混乱させている。

僕はこんな環境の中で働く意味があまりわからない。


生徒のできの悪さはさておき、そんなシステムに誰一人として疑問を抱かないこの学校で2年間を過ごすことにとても今は落ち込んでいる。

先生達にこれはおかしいって言ったって上からの指示にしか従えない彼ら。上からの通達が下っても実践されない現場。上の人達が毎日親みたいに監視しないと多分変わらない。彼らの興味は生徒達の未払いが続く学費から捻出される自分たちの給料だ。何人もが同時に怒鳴り散らす子供のけんかみたいな給料に関する会議。

僕が協力隊としてできることは、限られている。

今できるのはこんな悲惨な現状があることを少しでも多くの人に伝えることくらいだ。


まじめに考えるほどばからしくなるけど、僕はまじめに取り組むしかないんだと思う。


もやもやしたまま僕の初学期が終わりつつある。

やる気がでない。


ひさしぶりに日本から持ってきた数少ない小説でも読んでみます。





2年間への先行投資ということで、ワイヤレスのネットができるやつを買いました。

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この機械(約1万8千円)と半年券(15:30-18:30の時間帯だけ利用可能、約1万2千円)を購入。

電話会社の電波を使ってネットをするやつなのですが、うちの任地は電波1本が基本です(最大4本)。

それでも慣れれば特に不自由はないので、当面の生活が苦しくなるだけです。

帰国の際のキャッシュバック(誰かに売るだけですが。)を考えるととてもお得です。

最貧国でもワイヤレスインターネットが存在するんです。

びっくりでしょ?



ところで、

昨日初めて自分の生徒を写真に撮ったので載せておきます。

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僕はこんなところで教えていて、

彼らはこんなところで勉強しているのです。


彼らは今日からテスト。

僕は今日から試験監督。

試験監督つまらない…。


2010.02.06 Sir !! Ine !!


僕がこなした授業は約50コマ。

生意気なForm 1Bでたまった疲れをきらきらしたForm 1Aでとり、
平日にたまった疲れを週末にとる

そんなサイクルに単調さを感じる事はあっても、
やはり生徒の笑顔を見ると癒されます。

「苦しいこと、つらいことを乗り越えないと成長できない」とは思いませんが、
「苦しいこと、つらいことを乗り越えたら必ず成長する」とは思います。

この1年半くらいの経験の中で次々に見えてくる新しい景色を、
戸惑いながらも僕はエンジョイしています。

今見えているのは、とっても広い眺めです。


Sir !! Ine !! (先生、私!!)

2010.02.03 バファリン

日曜、首都にあがって人の温かすぎる優しさに触れたあと、任地で僕を待っていたのは2日間続く停電でした。

朝まで停電は続いていたので、電気に依存している僕は何も食べずに学校へ。

朝はテンションが決まって低い僕は、ウォッチマン(警備員)に八つ当たりしてしまいました。

Palibe chakudya.(飯何もねぇよ。)

月曜は4コマ。

家に帰っても停電は続いていました。

すると机の上にチャコールクッカー(炭で火をおこすやつ)が…。

何も食べない僕を心配してくれた彼が電気がなくても料理、湯沸かしができるように買ってきてくれたのです。

なんていい人…。

頼んでもないのに。

話を聞けば、本人は相当心配してくれたらしく、
彼の奥さんに相談し、
彼の奥さんは
「チャコールを買って渡してあげなさい、
 そしてミスターオオニシが気に入らなかったら私たちが使えばいい」
とお金がないのに優しさだけでリスクを背負ってくれたのです。

さらに腐ってた野菜を新しい自前の野菜に換えてくれました。

なんでこんなに優しいんだろう。

その日は二人で話しながら火を起こし、黄昏れました。


いいことばっかりじゃないけど、悪いことばっかりでもない。



生まれたときから僕はやっぱり人に恵まれています、異常なくらいに。



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